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Deus ex machina
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2024/11/22 (Fri) 18:57
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2010/02/23 (Tue) 10:51
目を閉じて、闇の中に映るもの、己の願い―――
望めば届く、己の欲求。

僕はこのまま、欲に塗れてしまうのか?
僕はこのまま、獣に成り果てるのか?

望みは叶えたい。
ならばこのチャンスは、僕にとって最高の贈り物のはずだ。
このチャンスを利用しないでどうする?
不可能が可能になる、それが今なんじゃないのか?

だがこれでいいのだろうか?
僕は僕の力で世界を変えるんじゃなかったのか?
ここで手に入れる力は”己の力”と言えるのか?

僕は一瞬躊躇った。

「なぁ零華。
 判断を保留すること、判断を破棄することは可能なのか?」

だから僕は、零華にそんな問いかけをした。

「それがあなたの望みなの?」

零華は僕の問いに、問いで返した。
僕は『そんなの反則だよ……』なんて思いながら再び考える。

チャンスは一度、己の望むものが手に入る。
もし僕がチャンスを捨てる事を望んだならば、それは叶えられるのだろう。
だから零華は僕に問いを返した。
 『僕がそれを望んでいるのか?』と。

たった今まで、確固たる意志であったはずの僕の望み。
それは途端に崩れ去り、粉になって宙を舞う。
それらは再び形を成す事も無く、風に吹かれて何処かへ向かう。

何故?

今の僕には何もわからない。
自分が何を望んでいるか、それさえも―――

「僕は自分を知りたいのかもしれない……」

それさえも望みなのかはわからないけれど。
自分の意思なのかもわからないけれど。
今この場で、僕が望むべきは、これなのだと。
そんな確信が生まれた。

本当の望みではないかもしれないけれど。
何かに妥協しているだけかもしれないけれど。
どうせ後悔するくらいなら。
その時、自分の進むべき道を知りたい。

此処でまだ終わるわけにはいかないだろう?
自分自身も理解できないまま、終わりたくは無いだろう?

僕は己に問い掛けた。

「答えは決まった?」

零華は僕の中の決意を読み取ったのだろうか?
僕に答えを求める。

そして僕は答えた。

「僕は、自分が知りたい」 

と、己の決意を口にした。

「それがあなたの望み?」

零華は僕に最後の確認をするが

「あぁ、もう悩まない、これが僕の望みだよ」

僕は躊躇うこともなく、先ほどの答えをきっぱりと肯定した。

「うん、わかった」

零華は微笑み、僕の願いを受け入れた。
すると世界は光で満ち、世界は欠片になって崩れてゆく。
その崩落にあわせて、僕の身体も光に落ちてゆく。

薄れ始めた意識の中。
僕の目に映った零華の笑みが。
はじめて見る、姿相応の子供らしいもののように感じていた。

その記憶を最後に、僕は意識を失った。


………


目覚めるとそこは先ほどの保健室ではなく、僕は屋上にいた。

「あっ、やっと起きた」

「佐倉……?」

僕は霞む目を擦っていると、そんな僕の顔を覗き込むように佐倉の顔が現れた。
視界には佐倉、そして空、後頭部に感じる明らかにコンクリートで無いとわかるやわらかい感覚は?

「うわっ!?」

僕は自分が今佐倉に膝枕をされていると言う状態なのだと気づいて、焦って飛び起きた。

「『うわっ!?』じゃなぁ~い!!
まったく……、皇晴がいきなり倒れたりするから私心配で看病してあげたのに……。」

「いや……、だってさ……、いきなりこんな構図だったり驚くって……」

「それで、もう平気なの?」

「まぁ、多分……」

とりあえず冷静になって、現時点で出来る限りの状況判断をすることにする。

1、自分は先程まで零華と話していて、答えを出した。
2、その時自分は保健室に居たはずだが、あの後意識を失ってから目覚めてみると屋上にいた。

と、此処で僕は思った。
今自分が屋上にいると言うことは、零華に出会う前まで時間が戻っているのではないか、と。

「なぁ佐倉、今何時だ?」

「えーっとね、皇晴が倒れてから十分位かな? まだお昼休み中だけど?」

自分が気を失ったのが零華に出会った瞬間だとして、それから十分。
多少の誤差はあるにしても、大方予想通りと見て間違いはなさそうだ。

んっ? でもあれは本当に現実だったのか?
あれは夢だったんじゃないのか?
だが浮かび上がった問いの答えを求める術は無い。
はっきりとしない記憶からは、それが現実とも夢とも読み取れる。

だがあれは夢ではなかったと僕は気づく。

「うっ……」

不意に脳へあのノイズが走った。
初めて耳にしたときほどの痛みは感じなかったが、
それは確かにあのノイズだ、間違いない。

「わっ、皇晴だいじょうぶ? 
 復活早々倒れるなんて笑えないよ!」

「いや……、大丈夫……」

僕はもう一つ、夢でない事を裏付ける異変に気づく。
それは自分の胸のあたり、そこに極彩色の輝きを見た。
その光は揺れる炎のようでもあり、波紋の広がる水面のようでもあり、確かな形を持たずにそこに在った。
そしてその輝きは光とともに心地よい旋律を奏で、ノイズを僕の脳内から追いやった。 

僕は気づく、これが零華が叶えた僕の望み。
己を知覚する術であると。

僕は足元に視線を巡らせる。
そこに生徒や教師達の姿は見えないが、コンクリートを透過して様々な色の輝きが現れた。
赤、青、黄……、表現しきれないほどの色が溢れ返っていた。

なんだ、世界はこんなにも色で満ちてるじゃないか……。

「……」

僕は決して口には出さずに涙した。
世界はちっとも灰色なんかじゃない……。
なんで僕は気づかなかったんだろうかと、己の不甲斐なさを悔やんだ。

「皇晴泣いてるの……?」

悔しい、酷く悔しい……。
自分は人より達観しているつもりでいたけれど、全然達観なんか出来てない。
それどころか、自分は全然劣っている、見下してきた多くの人々よりも遥かに劣ってる……。
ただ自分の殻に閉じこもって、殻の中の世界を眺めていただけだった自分。
そんな世界で生きていて、世界を牛耳った気になってたなんてどうかしてた……。
全く、井の中の蛙もいいところじゃないか……、

「いや、泣いてなんていない……」

僕は佐倉に背を向けて涙を拭うと振り返り微笑む。

「さっ、僕のせいで時間なくなっちゃったけどお弁当食べようか。
 今日のお弁当は佐倉の自信作なんだろ?」

後悔って何で事が終わった後にしか出来ないんだろう。

「うん! 自信作なんだよ~」

後悔する前に気づけたらどんなに幸せだろう?

「これでまずかったら嫌だなぁ……」

後でしか出来ないから後悔って言うんだろうけれど……。

「むぅ! そういうことは食べてから言ってよね!」

「わかったわかった」

僕は世界の形を誤った形で認識していた。
世界の一部を小さく小さく切り取って、本当の世界に目を向けなかった。
自分が世界を嫌悪する気持ちは、自分の世界にいた自分自身だけで、
その世界の外の人間にその気持ちはわからない。
だから僕が苦に感じることも、他人には楽に感じられた、ただそれだけのこと。
それなのに、殻に閉じこもるだけの自分は、そんな簡単なことさえ知ることが出来なかった。

世界が退屈だと感じるのは、自分自身が退屈な人間だから。
自分の殻に閉じこもることを選んだ、退屈な生き方を望んだ人間だから。
僕にとって、それはは酷く愚かな行いだった。

世界は色で満ちている。
決してモノクロじゃない。

色彩―――Colors

どんなに後悔しても、その先には道がある。
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