2010/02/23 (Tue) 10:33
世界って言う奴はいつも勝手に変動して、僕等の知らないところで変化を続ける。 それは戦争だったり、くだらないよくある殺人事件だったり。 僕等は世界を動かす歯車のはずなのに、特権階級の人間に支配されるままに働くその他大勢の、どうでも良いパーツに過ぎない。 僕等が一人死んだところで世界はその変化をやめようとはしない。 自殺者数は国内だけでも4万人近くを数えるというのに、それだけの人間が死んだって何も変わらない。 だから僕はどんなに辛くたって死ぬ気にはなれなくて、己の身体を刃物でいたぶってみたり。 針金の輪を作って首吊りを実験したりしてそう言う死にたい気持ちを誤魔化している。 死に近づくことで死を恐れることを学ぶ、そんな感じだ。 しかし無理に自殺実験を繰り返さなくても、人間なんて者は所詮80年程度しか生きられない そんな事は解りきっているはずなのに相変わらず自傷を続ける僕は何なんだろう。 僕は生まれてこの方20年、非生産的な毎日を過ごしてる。 そして避けようのない死へと一歩ずつ近づいてる。 くだらない、あまりに戯言過ぎる毎日だ。 僕が抱える不満や憎悪、それらは何も生み出しはしない。 それらを思考することは自傷を繰り返す事にも似ていて、あまりに救われない。 僕は今、死に近づくことで精神を安定させている。 僕がいなくなったって変わらない世界は何一つ変わらず、そこには絶望しかないから。 だから僕はそうして惨めな生き方をするしかないんだ。 ひとつ、ふたつ、みっつ―― 僕は腕に刻まれた傷を一つ一つ数えながら一人部屋の隅にうずくまって己を呪ってる。 なんでこんなことになってしまったのか、いまさら考えても無駄な問題だけれど僕は思考を加速させる。 でもそこで見つける答えはいつも同じ――どうしてこんなことになってしまったのか。 きっと僕はもう既に終わってしまった人間なんだと思う。 末期癌の患者のように、死を待つだけの生ける屍に過ぎない。 なんでこんなことに、なんでこんなことに、なんでこんなことに、なんでこんなことに、なんでこんなことに―― 僕はいつ間違ってしまったんだろうか、もしこれが僕の運命ならば神はあまりに残酷過ぎる。 僕にはもう未来がない、ただおとなしく死を待つしかないのだ。 鬱々とした気持ちを抱えながら目覚めた朝、眼鏡を取ろうと思い手を伸ばした先に一通の黒い封筒が置いてあった。 親が部屋に手紙を持ってきたのだろうかと思い両面を確認するが、その黒い封筒には宛名も切手も貼っていなかった。 あまりに異様な雰囲気を醸し出す黒い封筒、僕はその異様さに圧倒されつつも封を切り中に入っている手紙を取り出した。 するとそこに入っていたのは黒い二つ折りにされた紙切れで、その紙を開くとそこには血のような赤いペンでこう書いてあった。 ――午前0時 公園ニテ君ヲ待ツ 紙に書かれた文章はただそれだけだった。 正直、僕はその文章に恐れを抱いた。 ――午前0時 公園ニテ君ヲ待ツ それが意味することとは一体何なのか、この手紙は僕の好奇心を躍らせた。 僕は日常をわずかに歪ませる一通の手紙に強く惹かれ、非現実への憧れを抱く。 もしかしたら――なんて希望的観測に身を委ねて僕は妄想の波に飲まれた。 20歳にもなって働きもせずに過ごしてきた毎日。 ただ本を読み空想に耽っていたことだけが僕の唯一の幸せだった。 空想の世界では誰にも僕を止めることは出来ない。 持てる限りの想像力を駆使して文字の羅列を映像に変換、そして脳内に投影する。 そしてそれはいつしか妄想に変わり、冷めれば現実に引き戻されて鬱になる。 非生産的な、あまりに愚かな悪循環、全く救いがないなと我ながら思う。 そんな悪循環を繰り返すこと約半日、時計を見れば時刻は午後11時50分、例の手紙の時間まで残り10分。 僕はその辺に置いてある上着を適当に選んで袖を通すと机の上にある煙草を手にして一本だけ取り出して火をつけて箱をシャツの胸ポケットに入れる。 そして例の黒い封筒を持って僕は公園へと向かうことにした。 夜の公園は気持ち悪いくらいに穏やかで静謐な雰囲気を醸し出していた。 風に吹かれてざわめく木々が何か僕に囁きかけているような、そんな幻聴すら覚えた。 僕はそんな公園の中をゆっくりと歩き、辺りを警戒しながら歩を進める。 そうして公園中央のライトアップされた時計塔の下に立って煙草をふかす。 携帯を取り出して時間を確認すると時刻は11時59分、手紙に書かれた時刻まで残り一分に迫っていた。 僕は時計塔の秒針を眺めながらカウントダウンをはじめる。 57…58…59…60―― そして時計は午前0時を示し、手紙に書かれた時刻になった。 「何も起こらないじゃないか……」 僕は勝手に加速させた妄想と現実の差に落胆した。 しかしその直後ありえない出来事が起こった。 目の前の空間が裂けその中から人間が出てきたのだ。 年齢は小学生高学年程度の女の子だろうか、赤い深紅のドレスにちょっと癖のついた金髪がよく映えた。 その腰には日本刀を、そして右手に刃渡り20cm程度のナイフを持っていた。 「おまたせ、欠陥品さん」 彼女はその場でくるりと一回転してドレスの裾をつまみながらお辞儀をする。 「私はいわゆる死神って奴、貴方みたいに終わってしまった人間を助けるために来たの。 死ぬことが怖いくせに死に近づくことを止めない哀れな貴方を助けに来たの。 でもただ殺されるだけなんて詰まらないでしょう? だから貴方にはチャンスをあげる」 そう言うと目の前の少女は僕に右手に持ったナイフを手渡した。 そして僕は10歩程後退して少女との間合いを計る。 「さぁ、舞台の始まりよ、幕は切って落とされた、これから始まるのは欠陥品と死神の殺し合い。 貴方はこの殺し合いをどう受け止めるのかしら?」 僕は少々戸惑った、だが僕の意思はもう決まっていた。 気付けば僕は左手で先ほど手渡されたナイフを逆手に構えていた。 「もちろん、楽しむに決まってるさ――」 僕はそう呟きながら駆けた、目の前の真紅のドレスの少女に向かって。 少女は僕の接近を危機とも感じない様子で居合の構えを取っていた。 僕がナイフで切りつける瞬間、少女が抜刀し刃が交差する。 「なかなかやるわね欠陥品さん、でもその程度の執着では私を殺すことは出来ない」 そう少女は言うとバックステップで距離を取り納刀し、再び居合の構えを取る。 そして刹那、高速の刃が横一線に振るわれる。 僕はギリギリでその刃を交わし、再び納刀するまでのその隙を狙って奇襲を仕掛ける。 「その程度の執着だって? 笑わせるな」 僕はナイフを一瞬で構えなおすと少女の心臓目掛けて突きを繰り出す。 しかし少女は半身になって突きをかわす。 「笑わせるなですって? そうね、貴方の執着は私が想像していたよりも大きなものかもしれないわね」 僕は少女の言葉を無視して刃を横薙ぎに振るって、未だ納刀を済ませていない少女の横腹を狙う。 その一撃には確かな手応えがあった、その証拠にドレスの横腹は破れそこから血が流れ出していた。 ドレスの鮮やかな真紅に溶けるように血は染み込んでいく。 いける、僕はそう確信して再度攻撃を仕掛ける。 「そう簡単に終わると思われちゃ困るのよ、この程度で満足しないでくれるかしら?」 僕は手負いの少女に再び突きを繰り出すが刃は空を切って態勢を崩す。 「斬」 少女は呟いて、隙だらけの僕に向かって抜刀する。 流石に今度の一撃はかわす事が出来ず僕は背を切られ無様に倒れこむ。 「まだだ、まだ終わらせはしない……」 僕はナイフを握る手に力を入れて起き上がり、再び少女と対峙する。 本当なら痛むはずの傷が何故だか心地よいものに変わっていた。 それは今僕が今までの人生の中でもっとも充実した時間を過ごしている事による高揚感がもたらしたものかもしれない。 「初めてだな、是ほど生きていることを実感できるなんて」 僕は少女に向かって言葉をかける。 「その傷でよく立ち上がれるわね、貴方、本当に欠けてしまってるのね、人間として大切な何かが。 貴方は今まで自分が生きていることに疑問を抱いていた、生きる意味を探していた。 それがやっと今になってみつけられたのかもしれないわね、でも手遅れだわ」 そう言って少女は納刀し抜刀の構えに入る。 刃渡り20cmのナイフと刀ではあまりにリーチの差がありすぎる。 そしてあの居合から繰り出される抜刀、あの高速の一撃をかわす事は容易ではない。 しかし僕が攻撃するとしたらその抜刀の失敗の隙を打つしかない。 だから僕はなんとしてもあの一撃をかわさなければならない。 背の傷の痛みは無い、だが身体が先ほどよりも気だるく、うまく動かない。 こうなったら相打ちを覚悟して、全身全霊を賭けて次の一撃の為に抜刀の間合いに踏み込むしかない。 己の命を賭ける程の覚悟、それが僕には出来ていた。 「次の一撃で決める――」 僕は己の限界を超えたスピードで間合いを詰めると、ナイフで再度少女の心臓を狙った。 「甘い――」 少女は呟くと横薙ぎに高速で抜刀し僕を切りつける。 だがその一撃を食らっても尚僕は止まらずに心臓にナイフを突き立てた。 「……僕の勝ちだ」 そして僕は力尽き、倒れた。 もう立ち上がることさえできない、切られた腹部は熱を持って僕に痛みを伝えようとする。 だが、やはり今の僕に痛みは無かった、今感じているのは生の快楽。 あぁ、生きると言うのはこう言うことだったのか、僕は理解した。 「くっ、捨て身で攻撃してくるなんて……、やはり貴方は私の想像を超えていた……」 少女は最後にそう呟いて霧のように消えていった。 「あぁ、僕はこれで救われたのか……」 高揚していた気持ちが一気に沈下する。 すると急速に痛みが戻ってくる。 初撃で受けた背中が、横薙ぎに切られた腹部が、痛む、痛む――。 「この痛みが生きていると言う事か――」 自傷では感じられなかった生の実感が、死に際になって痛みとして蘇ってくる。 「僕はこの瞬間の為に生きていたのかもしれない――」 そう僕は呟いて、思考は闇に落ちた。
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