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Deus ex machina
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2024/11/25 (Mon) 10:05
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2010/02/23 (Tue) 10:28
 強風に靡く髪を抑えながら僕は目を開けた。
 目の前にはその風に舞う落ち葉達。
 僕の胸に、その落ち葉たちは哀しさだけ残して地に落ちる。
 ゆらゆらと、ゆらゆらと、弱まった風を嘆くように散り逝く落ち葉。
 今僕等が見ているこの光景は、その散り逝く葉の最後の舞台。
 それは美しく、そして果敢なく、地に着けば醜さだけを残して踏みにじられる。
 そんな憐れな姿が、僕に哀しみを与えた。
 僕は携帯を取り出して、彼ら、彼女等の最後の姿を写真に収めようとレンズを向ける。
 カシャッ、そんな効果音と共に落ち葉達は散り際の果敢なさを、静止画に納めた。
 きっと、止まった時の中ではその美しさは永遠だから、せめて一枚くらい写真に収めてやろうと思ったのだ。

「なんだかなぁ……、思ったより今年は綺麗じゃないなぁ……」

 そんな僕の横では不平を洩らす彼女の姿。
 全く、自分から『紅葉を見に行こう』と言って僕を誘ったくせになんていい草だ。
 彼女には落ち葉達の散り際の美しさは理解できないのだろうかと、僕は苦笑いをした。
 
「去年は綺麗だったんだけどなぁ、やっぱり天気の所為かな? 今年はなんか変な天気が多かったしね」

「まぁ確かに、それも要因の一つだろうな」

 僕は舞い散る木葉を空中で掴み取り、暫し眺める。
 その葉は、黄色とも橙とも赤ともいえぬ微妙なグラデーションで彩られ、端々は既に枯れて所々が欠けていた。
 
「残念……、今年も楽しみにしてたんだけどなぁ……」

 落ち葉の中、彼女は少しも落ち込んだ素振りも見せずにちょっとだけ俯き、敷き詰められた枯れ葉達を軽く蹴散らした。
 
「まぁそもそも時期外れではあるよな、どうせ見るならもう少し早い時期に見るもんだろう?
 こんな時期じゃ綺麗な紅葉より、落ち葉を眺めに来るってのが正解じゃないか?
 楽しみにしてたって言うならもっと早くに言えば公園なんかじゃなく、ちゃんとした所連れて行ってあげたのに」 

 季節はもう秋も終盤に差し掛かり、残暑も失せ最近では冬の香りを孕んだ風が吹く、そんな時期だ。
 ついこの間までは暑くてたまらない日々だったのに、気付けばもうこんなに冷たい風が吹くようになってしまった。
 秋は本当に在ったのか、それさえも疑わしいような今年の天候。
 慌しく過ぎていった秋はその訪れを木々に伝えきる事も無く、終わってしまったのだろう。
 だから木々はただ躊躇うばかりだったのだろう、だからこんな色に染まってしまったんだ。
 右手でくるくると落ち葉を弄びながら、僕はそんな事を思った。

「いいの、私は特別綺麗な紅葉を見たかったわけじゃないの。 ただ、身近な場所で秋を感じたいなって思ったんだ」

「秋を感じたかったか……。 ほんと、今年は本当に秋って在ったのかなって思うほどに秋を感じなかったからなぁ、納得。
 特別な場所に行って見に行く紅葉もそれはそれで秋らしいんだろうけど、季節っていちいち遠くに確認しに行くものじゃないよな」

 僕等はそんな会話を交わしながら公園のベンチに微妙な距離を保って座った。
 触れられると思えば触れられるし、触れられないと思えば触れられないようなそんな距離で宙に舞う木葉を二人眺め始めた。
 舞い散る木葉はただ、最初と同じ哀しさを、虚しさを与えるだけだった。
 
「夏草や 兵どもが 夢の後って感じか、これは落ち葉だけど」

 僕はなんとなく呟いて煙草を取り出し一服。
 強風の中で中々火がつかないことに苛立ちながらも火をつけると、重いため息のように僕は紫煙を吐き出した。
 煙は強風の中その曖昧な姿さえ見せぬまま、落ち葉と共に宙を舞い、掻き消された。
 始まり、そして終わりがあるそんな季節の中で、木々は何故毎年飽きる事も無く葉を繁らせ、葉を散らせて逝くのだろうか?
 そんな繰り返しの中を、飽きることなく、真っ当に生き抜くことが、何故彼等、彼女等にはできるのだろうか。
 この木々の立派な姿は、そんな繰り返しの中を必死に生き抜いてきたからこんなにも丈夫に育ったんだろう。
 僕達人間は、この木々のように繰り返しの日々を過ごしている。
 けれどその中ではその繰り返しに耐えられず自害する人もいるし、壊れてしまう人もいる。
 この木々に比べて、人間はなんて脆い……、僕はこんな事を考えてしまってる自分が少し情けなくなった。

「やっぱり、こんな風景見てるとセンチメンタル感じちゃうのかなぁ」

 僕はまた『はぁ……』とため息のように紫煙を吐き出し、隣にいるはずの彼女に目をやった。

「あれ? 何処行った?」

 其処にいるはずの彼女は、其処にはいなかった。
 そして辺りを見回すと、細い枝目指して必死に手を伸ばす彼女の姿が目に映る。
 話し掛けずに暫く眺めていると、彼女は一人で「届けっ! 届けっ!」といいながらぴょこぴょこと飛び跳ねていた。
 僕はその姿が滑稽だなと思いつつも、なんとなく可愛らしく思えて笑みを溢した。
 あの枝に一体何があるというのか、僕にはわからなかったがとりあえずこのままでは一行に届きそうに無いので両脇に手を入れて、ぐいっと持ち上げてやる。
 余程あの枝に手を伸ばす事に集中していなかったのか、彼女は僕に気付いていなかったようで「わわわっ!!」と驚きの声を上げ、枝を折ると「ありがとう」と言って飛び降り僕の手から離れた。

「一体そんな枝折って何をしようって言うんだ?」

 僕は先ほどからの疑問を彼女へ尋ねる。

「んー、落ち葉の供養と……、お祈り、かな?」

「んじゃそれの枝は墓標ってわけか?」

「うん」

 彼女は僕の言葉に頷くとその木下の土を掘り返し、其処にたった今折った枝を刺して、掘った穴を埋めて周りの土を踏み固める。
 そして倒れない事を確認するとその辺の落ち葉をかき集めてその枝の所に山を作った。
 
「これで良し」

 彼女は土だらけになった手を叩き落としながら満足そうに微笑むと、そう呟いた。

「さっきまでは綺麗じゃないとか文句言ってたくせに供養だなんて、変な奴だな……」

 でもまぁ、彼女の奇行は今に始まった事じゃない。
 今日だけに限って言えば、この時期に紅葉を見に行こうとか言い出す時点で随分とずれているのだ。
 僕はぼやきつつも、それをあまり気にしないことにした。
 
「今年は綺麗に染まれなくってやっぱり葉っぱも悔しかっただろうなって、思ったんだ。
 だから、供養してあげようって、それで来年には綺麗に染まれますようにってお祈りしたかったの。
 今年の葉っぱは綺麗に染まれなくても、来年には綺麗に染まれるかもしれないから、私は信じてあげたいなって思ったの」

 なんとなく哀しげな、珍しく真面目な彼女の横顔。
 やはり彼女も落葉を悲しんでいたのか、拳を握り締めて、涙を流さずに泣いていた。
 そんな姿に僕はかける言葉も見つからず、今彼女が作った墓標に向かって手を合わせ、祈る事にした。

「何やってるの?」

 彼女は自分が言い出したことだというのに妙な物を見るような視線で僕を見る。

「何ってお祈りだろう? お前が来年は綺麗に染まれますようにってお祈りするって言ったから僕も祈ってやったんだよ。
 一人で祈るより、二人で祈った方が少しは来年の良い結果に近付けるような気がするだろう?」

「まさかこんな事に付き合ってくれると思わなかったから少し驚いちゃったよ。 ありがとう、祈ってくれて」

「大したことじゃないさ、お前に付き合うのはもう慣れてるから」

「なによそれ、なんか私がいつも迷惑かけてるみたいじゃない! むぅ!」

 彼女は頬を膨らませて怒るが、僕にはそれが怒っている顔には見えず笑ってしまった。
 
「まぁまぁ、そう怒るなよ、これやるからさ」

 僕はそういって懐に手を伸ばし煙草を取り出す。

「一本吸えよ、此処に添えていくわけには行かないが同じ日がつくものってことで線香やるつもりでさ」

「んー、私未成年なんだけどな?」

「僕だって未成年だ、気にするな」

 僕は半ば強引に煙草を渡すと自分の分も一本取り出して、煙草を口に咥えながらライターを取り出すと風除けに手を添えながら彼女に火を差し出す。

「これで、線香の代わりになるのかな?」

 彼女がそんな疑問を口にしたが然し、僕は即答で答えた。

「問題ない、燃えるもんならなんだって一緒だ、煙も上がるし形も似てるしな」

「よくわかんないなぁ……、変なのは私だけじゃなくてあなたもかもしれないね……」

 僕等はそんな馬鹿な会話を交わしながら墓標の前で紫煙を燻らせる。
 それから暫くの間僕たちは、その煙草が吸い終るまでその場に無言で立ち尽くした。
 辺りには落ち葉が舞っている。
 その落ち葉は僕らの周りを取り囲むかのように円を描き、ぐるぐると回りながらやがてゆらゆらと落下していった。
 そんな落ち葉の舞を見て僕は、落ち葉が僕たちに感謝を告げてくれたような思いを感じていた。

 今年も秋が終わり冬が来る。
 果たして、僕らの祈りは届くのだろうか?
 結果は来年になるまでわからないけれど、それがきっと良い結果である事を願いつづけたいと思う。
 来年もまた、この場所へ来よう。
 今度は彼女に誘われてではなく、僕から誘って。
 
「来年もまた来ような」

「そうだね」

 僕等はそれだけの言葉を交わして、ゆっくりと公園の出口へ向かって歩き出した。

※(原作:トゥクスさん)
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