2010/02/23 (Tue) 10:21
僕が生き物を殺すことを覚えたのは、小学生の時だっただろうか。 あれは確か小学4年生の頃、妹が誕生日に買ってもらった、ふさふさした毛並みの犬だったと記憶している。 僕の妹は、正確に言えば義妹と言うやつだった。 僕の本当の両親は幼稚園児の頃に離婚し、僕は父親に引き取られた。 そして小学2年生のころ、父親は今の母親と再婚した。 妹の紗希は、その時の新しい母親の連れ子だった。 紗希はよりも2歳年下で、まだ幼稚園児だった。 僕は父親が新しい母親を連れて再婚の話をしていた時、その話の内容はよく理解できなかった。 僕がそのとき理解できたのは新しい母親の陰に隠れて、怯えるような目でこちらを見ていた女の子――紗希の事だけ。 女の子が、紗希がいつかの僕と同じ経験をしていること。 紗希の場合、失ったのは父親だけれど。 幼くして片親を無くすことにどのような思いを抱いていたのか、それだけが理解できた。 僕は初めて紗希と話した時にこう言った。 『君も僕と同じなんだね』と。 僕は自分の気持ちを理解してくれる人間がいることが嬉しくって、すぐに紗希と打ち解けた。 紗希もまた僕に懐いて、両親はそんな僕らを見て安堵した。 でも僕は――紗希を憎まずにはいられなかった。 それは父が再婚して以来、僕のことをあまり構わなくなった為だ。 けれどそれも仕方の無いこと、父は紗希との距離を縮めようと必死だったからだ。 母もまたそれは同様で、僕に対して愛情を持って接してくれた。 最初はそれでもいいと思った、でも僕の中で渦巻くその思いはそうはさせてくれなかった。 僕は父親に構われなくなった事がきっかけで、父親に疎外感を抱くようになった。 これはただの被害妄想でしかないとわかっていても、僕は許せなくなった。 "お前も僕を捨てるのか?"と、そして僕はそんな思いが日に日に増してゆくのを止めることが出来なかった。 だから最終的に、その感情の矛先は紗希へ向かった。 父親の愛情を奪ったその笑顔が、憎らしくって仕方が無かった。 自分に残された血の繋がる唯一の家族が、離れていってしまうのが不安で仕方なかった。 同じ思いを共有することの出来た紗希のことを、僕は嫌いではなかったけれど、その思いが消えることは無かった。 そしてその感情が爆発したのが僕が小学四年生の頃。 紗希が小学一年生の誕生日に買ってもらってから大事に育てていた犬を、僕は殺した。 あの時の光景は今でも目に焼き付いている。 父も母も仕事に出ていて、紗希も学校に行っている頃、僕は仮病を使って学校を早退して家に帰った。 そして家に着くと、外で繋がれている錆びた鎖を切って、餌を与える振りをして家の中につれていき、 近づいてきた所を捕まえてガムテープで口を塞ぎ、針金で身体を縛って重りを括り付けた。 水を張った浴槽に重りをつけられて沈み、もがき苦しみながら酸素を求める犬の姿。 酷く快感だった、自分の憎むものがこれによってどれだけ悲しむのか、それを思うと思わず声を上げたくなるほどだった。 そして犬が死ぬと、僕は急いで死体を浴槽から取り出しゴミ袋に入れ、人目を気にしながらゴミ捨て場に持っていった。 家に帰ると今度は浴槽に浮かんだ犬の毛を全て取り除いて水を抜いて綺麗に掃除をした。 決して自分が殺したと気づかれないように、証拠が残らないように丁寧に、丁寧に後始末をした。 後始末が終わると僕は自分の部屋に戻りベットにはいると眠りについた。 「お兄ちゃん……、キラがいなくなっちゃったよぉ……」 僕が目を覚ましたのは紗希の悲しそうな声でだった。 "悲しそう"では無い、僕が眠い目を擦って現れた視界に飛び込んできたのは、紗希の泣き顔そのものだった。 「どうしたの?」 僕は自分が殺したのがばれたのかと一瞬ドキッとしたが、そんな気持ちを悟られないように落ち着いた声で優しく声をかける。 「学校からね……、帰ってきたらね……、キラがね……、いないの……、ううっ……」 キラとは僕が殺した紗希の犬の名前だ。 紗希は涙をボロボロと零しながら、必死に僕へ犬がいなくなったことを伝えようとする。 僕はそんな紗希の姿に、自分のしでかしてしまった罪の大きさを痛感すると共に、全て懺悔してしまいたい気持ちになった。 けれどその裏で、紗希の泣き顔をみて快楽溺れる自分を見た。 そんな矛盾する感情が行き交う中、僕は紗希の泣き顔が見ていられなくって、 その表情隠すように正面からぎゅっと抱きしめると、「大丈夫、きっと帰ってくるよ」と嘘をついた。 「本当に……?」 紗希は泣きながら僕に問い掛けてくるが、この問いにも再び嘘をついて紗希を慰めつづけた。 そして翌日、キラは僕が死体を捨てたゴミ捨て場で、カラスにその死骸を啄ばまれ、ボロ雑巾の様な姿で発見されることになる。 だがそれは紗希の耳に入る事は無く、両親からは紗希が傷つかないようにと嘘が伝えられた。 その嘘は僕にも伝えられ、キラは結局鎖が切れていたため逃げ出してしまったと言う事になった。 動物を虐待する人間というのはそんなに少ないわけでもなく、意外とそこら中に溢れているものらしい。 だからキラもそんな心無い人間に殺されてしまったのだろうと、両親は思ったのだろう。 そうでなくともゴミ捨て場でカラスに啄ばまれていたなどと、子供に言えるはずも無かったのだ。 この事件の真相は決して暴かれることも無く、誰かが暴こうとすることも無くいつしかその存在さえも薄れていった。 ただ一つ、僕中に今も残る矛盾する思いを除いて、全てが元の日常へ戻ろうとしていた。
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