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Deus ex machina
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2024/11/25 (Mon) 13:21
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2010/02/23 (Tue) 10:47
いつもの通り、チャイムの鳴る直前の教室。
図書室へ二十分程の間足を運んでいただけで、教室の雰囲気は大きく異なっていた。
それはまるで、それまで死んでいた無機質なコンクリートの部屋が生き物になったかのような感覚だった。
僕は教室の扉の前に立ち、微かな嫌悪感を抱き顔をしかめた。
だがそれも一瞬の事、すぐに僕は仮面を被り自己偽装、扉に手をかけた。

「八角君、おはよう」

いつもと変わらぬ朝。
クラスメイトからかけられた挨拶に、

「おはよう」

僕は仮面を被った感情無い冷たい笑顔を、精一杯暖かく見せて挨拶を返した。
八角とは僕の苗字、僕の名前は八角 皇晴(やすみ こうせい)と言う。

「はぁ……」

僕は深くため息を吐くと、頬杖を突きながら再び空を見上げた。
見上げた空は何一つ異なる感情を抱かせることも無く、先ほど見上げた時と同様に晴れ渡っていた。
 『空を見上げるのは自分の習慣なのだろうか?』
などと思いつつ空を見上げていると再び挨拶の声をかけられた。

「おはよー皇晴」

「おはよう、佐倉」

僕は先ほど同様仮面の笑顔で挨拶を返す。
だが僕はこの行動が失態であったと気付く。

「皇晴、嘘ついてるでしょ?」

「嘘って何だよ、僕は普通に挨拶してるだけじゃないか」

「いいもん、いいもん、どうせ皇晴は私がどんなに言ったって嘘つくんだもんね。
 そんな事ばかりしてるとお弁当他の人にあげちゃうんだから」

今挨拶を交わした相手は佐倉 霞(さくら かすみ)。
校内でまともに話す事のある数少ない友人の一人だ。
彼女については今のやり取りで大体わかったと思うが、明らかに高校生らしからぬ言動を取るのが特徴だ。
まぁ容姿からして既に小学生並だ、恐らく制服を着ていなければそう間違われても仕方ないだろう。
なんていったって彼女の身長は150cm程しかないのだ、150cmあるかどうかも危ういかもしれない。
過去に彼女と一緒にいるときに『兄弟?』と言われてしまったほどだ。
身長が170cm近い僕と並んでいればそう見えない事も無いのかもしれない。

だが佐倉は、その幼い容姿や言動とは打って変わって人一倍勘が鋭い。
故に佐倉の前で仮面を被ったところで先ほどのように見破られてしまう、と言うわけだ。
そして彼女は嘘をつかれることを極端に嫌う。
僕と佐倉との関係を、先ほどは友人と表したが、友人と呼べるほど親しい仲でもない。
ただ他のクラスメイトに比べて、学校で接する事が多いと言うだけの、その程度の関係でしかない。
恐らく僕には、この場所で本当にしたいしい友人と言うのはまず居ない。
傍から見れば、僕とクラスメイトの関係は親しい友人同士に見えるだろうが、実際は違う。
僕とクラスメイト、そしてクラスメイト以外の他人との間にはそれらを隔てる絶対的な壁がある。
その壁がある限り、僕には誰一人、親しい友人は出来ないだろう。
だがそれは僕の思い通りの構図だ。
僕は他人との深い関わりを避けるため、壁を作り今の環境を作り出した。
そのため僕に積極的にかかわる人間と言うのは、この時点で九割方失われたといって良いだろう。
だがその壁を乗り越えてでも僕に関わろうとする残り一割も当然いる、それが佐倉の様なやつだ。
僕からすればそれは迷惑極まりない、はっきり言って今すぐにでも無駄な行為を止めて欲しい。
何が楽しくて僕に関わるのかわからない、壁を作る相手に干渉しても拒絶されるのは目に見えているはずだ。
僕はその例に漏れる事無く、干渉する相手は徹底的に拒絶する、ありとあらゆる方法で壁を作り相手を外へ追い出す。
でも僕にだって限界はある、妥協してしまうと言うか、折れてしまう瞬間と言うものがある。
最後の最後で、僕は佐倉に負けた。
これは元より勝負ってわけじゃないけど、やっぱり僕は負けた。
佐倉に負けた事で、何故か僕が今まで気付きあげた壁達は砕かれてしまった。
そのことがあって以来、今まで壁によって遠ざけていた、口も聴く事の無かったクラスメイト達が、僕に接してくるようになった。
朝の挨拶など、前の僕ならまず在りえなかっただろう。
そして更に挨拶だけではなく、佐倉には弁当を用意してもらったりだとか、その様な事も起こるようになった。
少しずつだけど、僕の中では大きく何かが変わりつつあるんだと思う。
だけど今までの僕が作り出した壁の基礎は、今でもしっかりと残っている。
僕は未だこの環境に慣れない。
他人と壁越しでない不安感、心に触れられる不快感。
だから今でも僕は仮面を被って過ごす事がやめられない、壁を維持する事が止められない。
壁などとっくに失われてしまったと言うのに、何故仮面を被って自分を騙してまで壁を維持しようとするのか。
僕は今一体何がしたいのだろうか?

途中から自分でも何を言っているのか良くわからなくなってきた。
つまり僕は佐倉に壁を壊され、その壁の無い環境に怯えてる。
そして微かに、壁を破壊された事を悔やんでる、仮面を被る事をやめられない。

今の自分は酷く矛盾している。
この状態に妥協して、半ば認めつつも決定的な場所で拒絶している。
だから僕はさっき後悔した。
佐倉の前で仮面を被った事を後悔した。
彼女が嘘を嫌うから。
でも…、僕は彼女の問いの前に、新たな嘘を重ねた。
彼女は多分本当に怒ってるだろうな。
さっきの台詞の後に彼女は明らかに不機嫌そうな顔で自分の席へ向かっていった。
あの様子だと暫くご機嫌は直りそうにない。

「はぁ……、今日は溜息をついてばかりだ……」

―――キーンコーンカーンコーン

僕がそんな思想に耽っていると、不意にチャイムが校舎に木霊する。
そして徐々に静まり返る生徒達の喧騒
何故だろう、あれだけ騒がしかった教室がこれほど静かになるのは。
まぁ悪いことじゃない、混乱する思考を纏めるには少しくらい静かな時間が欲しい。
別に考えるのは今でなくても良いんだけれど、今考えないと考えがまとまらなくなりそうだから。

担任が教壇に立ち、日直が号令を掛け、担任からの下らない報告が始まる。
校内で喫煙した生徒がいるだとか、最近夜になると不審者が出るから女子は注意しろだとか。
なんだかどうでもいい警告とも、説教とも取れる話しばかりだ。
僕は憂鬱な気分になって担任の言葉をシャットアウトして思索に耽った。

「―――見上げた四角い空は青色、憂鬱の色」

何気なく呟いて、まるで三流詩人だなと自己嫌悪。
とりあえず佐倉の件は置いておこう、下らない台詞を口にしたら今は何を考えても無駄な気がしてきてしまった。
はぁ……、また後で考えるとしよう……。

ふと気付けば朝のHRはいつの間にか終了したようで、一時間目の授業が始まっていた。
自分はそんな事にも気付かないほど考え込んでいたのだろうか?
一時間目の授業は世界史。
この授業は殆どがプリントを使った授業だから、後で誰かに写させてもらえばなんとかなるだろう。
それ以前に授業なんて然程重要なことでもない(と言うと他の生徒に反感を買いそうだけど) 
僕は授業のことなんかほったらかしで眠りに付く事にした。


トントン……。
誰かが僕の肩を叩いている。

「皇晴起きて、お昼だよ」

「……昼?」

「そうだよ、お昼だよ、だから起きて?」

「佐倉……、おはよう……」

佐倉に起こされ時計を見てみれば、昼休みに入って既に十分が経とうとしている頃だった。

「うん、おはよう皇晴。
 お昼だよ、御飯食べようよ」

「うん……」  

僕は眠気眼を擦りつつ、佐倉に手を引かれるままに教室を出た。
恐らく向かうのは屋上。
其処がいつもの昼食を取る場所だからだ。
廊下を歩き、階段を上り、屋上の扉に佐倉が手をかける。
するとふわっと、穏やかで暖かな風が扉から校舎に吹き込んだ。

「よし、皇晴、着いたよぉ~」

「ふわぁ~、着いたな」

僕は屋上に着くと、盛大に欠伸をした。
これで頭の芯がスッキリしてきた、体の節々が少し痛むけど、多分これは机に伏せた姿勢で長時間眠ったためだろう。

「あっ」

「どうしたの皇晴?」

僕は此処で重要な事に気付いた。
それは先ほど結局結論が出ないまま片付けてしまった佐倉の機嫌のことだ。
嘘を嫌う彼女の前で、嘘に嘘を重ねてしまった。
自分の行いが矛盾しているのは前からわかってる。
理解していてあのような行動に出たのは、やはりそれが故意に行った行為だからに他ならない。
心の中を何かもやの掛かった思いが通り過ぎた。

「ごめん、佐倉」

僕は自分の思考を上手く纏められないまま、佐倉に謝罪した。
自分の気持ちがどうだとか、そんな事は良くわからないけれど、とにかく謝らなくちゃいけない気がした。

「別に気にしなくて良いよ、私はちゃんと皇晴が謝ってくれるってわかってたから気にしてないよ。
 でもね、本当は今日の皇晴のお弁当、他の人に上げちゃおうかと思ったんだよ?
 私は信じてたけど、やっぱり謝ってもらえなかったらすぐにでも私に行っちゃう所だったよ」

彼女は笑顔で答えた。
彼女は何を根拠に僕を信じたのか、こんな事を言ってしまうのは失礼な気がしないでもないが、理解できない。
僕は今この瞬間も嘘をついているかもしれないのに、こんなにも無防備に僕の言葉を信じてくれるのは何故だろう?
僕の中で数え切れないほどの何故が、疑問符が浮かび上がる。
だが今はこんな事を考えるよりも先にする事があるはずだ。

「ありがとう」

「うん!」

彼女は一際嬉しそうな笑顔を浮かべると僕の言葉に頷いた。

「それじゃーこれ皇晴のお弁当、今日のは普段より時間をかけて作ったからね、自信作だよ」

「時間かければ美味いってわけでもないけどな」

「ううっ~、なんでそういうこと言うのかなぁ、私があんなに頑張って作ったのにぃ~」

「わかったよ、どんな苦労したかわからないけど、とりあえずいただくよ」

「は~い、いただいてください」

相変わらず賑やかな奴だなと僕は苦笑いしつつ、佐倉から渡された弁当に手をつけた。
弁当の味はまぁまぁと言うところ、決して味は悪くない。

屋上を春風が吹きぬける、フェンスの外に目をやれば桜が風に舞っている。
僕は佐倉から視線を外すと浮かび上がった疑問を思考する。
僕は今、こうして佐倉と昼食を取っている、だがこれは自分の望みだろうか?
今は今で佐倉にばれないように仮面を被っているに過ぎないのではないだろうか?
わからない、自分で自分が統括できない。

今は…、答えを保留しよう。
目の前で誰かを微笑ませるための嘘ならば、きっと過去の自分よりは遥かに良い行いだろう。
きっとこれなら誰も咎めない。 

「皇晴どうしたの?」

「いや、なんでもないよ……」

心配そうな視線を向けられ僕は少しうろたえる。

―――それがあなたの望みなの?

「えっ?」

背後から突然聞えた声に僕は驚き振り向いた。

「だれもいないよな?」

振り向いた視線の先は校舎と屋上を繋ぐ扉。
扉が開いた形跡は無いし、屋上には自分達以外に人はいない。

「ねぇねぇ皇晴、さっきからなんだか変だよ?」

「あっ、あぁ……、本当になんでもないから……」

「むぅ~、嘘の予感……」

佐倉は不満の声を上げているが、僕は先ほど聞えた気がした声が気になって佐倉との会話に集中できなかった。
今の声は本当に空耳だったのだろうか?

 『それがあなたの望みなの?』

幼い少女の声、佐倉の声と似ている気がしないでもないが、それは似ている気がするだけだ。
あの声には佐倉の声のような温かみが無かった、むしろそれを通り越して冷ややかにさえ聞えた。

僕の一切の思考を排他して、あの声が僕の精神を侵してく。

―――それがあなたの望みなの?

―――それがあなたの望みなの?

―――それがあなたの望みなの?

―――それがあなたの……

先ほどの台詞が何度も何度も繰り返される。
僕の思考の根底にあるもの、望み、望み、望み、望み、望み、望み……。
わからない、わからない、わからない、わからない!!

不安。

「あっ……」


視界が暗転する。






何も見えなくなる。





意識が落ちる。




身体が空の高みに落ちてゆく。



なんだこれ……。


あっ……。

Ahaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!
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