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Deus ex machina
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2024/04/20 (Sat) 03:46
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2010/02/23 (Tue) 10:32
 「ねぇ、そこのお兄さん、煙草貰えるかしら?」
 ある休日の昼下がり、僕が公園のベンチで煙草をふかしていると声を掛けられた。
 僕は声のあった方に視線を向けると、そこにいたのは赤いワンピースを着た小学生くらいの女の子だった。
 「はぃ?」
 僕は思わず間抜けな声を上げる。
 きっとこれが僕ではなく他人でも、きっと似たようなリアクションを取るに違いない。
 何故小学生に煙草をくれと尋ねられるのか、奇妙に思わないはずがない。
 さて、どうしたものかと僕は「んー」と唸りながら考える。
 「聞いてる? 私、煙草を貰えないかっていったんだけど?」
 どうやらこの女の子は、この状況に困惑している僕の気持ちなど全くお構い無しの様だ。
 しかもなんとも言えず生意気な様子、此処はしっかりと年上らしさってのを見せなくては。
 自分の立場守るためってのも随分汚い理由だが、未成年が喫煙しようとしているのを注意するのだ、とりあえず間違いではないだろう。
 「えーっと、君小学生だろ? 煙草は二十歳になってからだよ?」
 取り合えずもっともらしい事を言ってみるが然し……。
 「偉そうに言ったって無駄よ、お兄さんだって二十歳いってないでしょ?」
 と、切り返されてしまった。
 そう僕は十八歳、二十歳には二歳ほど足りていない、未成年喫煙者って奴だ。
 「まぁ僕は二十歳じゃないけど、小学生で煙草は……」
 「あら、鎌掛けてみただけなのに本当に未成年だったのね」
 ぐあぁ……、やってしまった自分が未成年だということが女の子にばれてしまった……。
 僕とこの子のことは面識が無いわけだから、女の子は僕の年齢を知らない。
 だからいくらでも誤魔化せたはずじゃないか……、見事に墓穴を掘ってしまった。
 しかも自分と十歳近く歳の離れた子に鎌掛けられて口を滑らせてしまうとは……。
 だが僕は此処で怯むわけにはいかない、小学生の喫煙など認めてはならない!(もう半ば自棄だ)
 「とにかく小学生で煙草は……」
 「未成年が偉そうに言ったって無駄よ、そんなの結局五十歩百歩じゃない、ぐだぐだいってないで早くくれないかしら?」
 僕の言葉は全て発せられることなく、女の子の言葉によって掻き消された。
 五十歩百歩か……、納得……、言い返す言葉も無い。
 僕は小学生に負けてしまった……、かなりショックだ……。
 「僕の負けだ……、わかった君に従おう……」
 こんな時、大人なら何が何でも否定するんだろうが、僕はそんな理不尽な大人にはなれないようだ。
 僕は両手を上げて降参の意を示すと煙草を一本取り出して女の子に渡した。
 すると女の子は「無様を晒すくらいなら最初から素直に渡せばいいのに」なんて言いながらそれを受け取る。
 「全く、可愛げの無い子だなぁ……、僕が小学生の時は皆もっと可愛げが――」
 「火、貸してもらえるかしら?」
 「あっ、はいはい」
 僕は女の子の言葉に反射的に反応し、ライターを取り出しホストの様な仕草で女の子の煙草に火をつける。
 「はっ!? 僕は何故こんなことを……」
 僕は年下の、しかも小学生の女の子相手に何をしているのか。
 どうやらさっきの敗北が尾を引いているらしい、予想以上に自分は動揺しているようだ、まともに脳が働いてない……。
 落ち着け、落ち着け、落ち着け自分……。
 僕は心の中で何度もそう呟きながら自己暗示を掛ける。
 「随分と気が利くのね」
 「いえいえ、そんなことないですよ……っておい!!」
 「いきなり大声上げて何よ……、びっくりするじゃない。それにしても随分と落ち着きの無い……」
 自己暗示も掛けて今度こそOKだと思ったその矢先、何故に僕はこの子に対し敬語を……?
 どうやら自己暗示の効果は皆無のようだ、全くもって効いていない。 
 「変な人……、だけどお兄さんなかなか面白い人ね」
 危ない人の間違いじゃないだろうか……?
 今の自分の挙動不信っぷりといったら自分でも明らかにそう自覚できるほどだ……。
 あー駄目だ、どうやら僕は完璧にこの女の子の下という位置付けになってしまっているらしい。
 女の子自身がどう思っているかは知らないが、僕としてはもうこの子の上に立てる気がしない……。
 年功序列はどうなった!? 年上の立場は!?
 僕は動揺を隠せない……。
 「はぁ……、どうしたもんかなぁ……」
 こんなやり取りをしている最中にすっかり灰になってしまった煙草を落とし、足で踏みつけて火を消しながらため息をつく。
 何故こんなことになってしまったのか、何故小学生に負けてしまったのか、それを考えるとため息をつかずにはいられなかった。
 あぁ……、どうなってるんだろう僕……、なんだかとても悪い方向に進み始めているような予感がする。
 「そうだ、お兄さん名前はなんていうの?」
 「ん? 僕の名前?」
 落ち込みかけた思考を中断するようにはいってきた女の子声に、僕は顔を上げる。 
 「そう、お兄さんの名前。 私の名前は綾乃ね」
 「僕の名前は創史、創造の創に歴史の史って言う字を書く……」
 何故に僕らは自己紹介など始めているのだろう?
 僕は再びため息をつきながら名を答える。
 さて、なんだかよくわからない展開だが落ち込んでいても仕方ない、素直にこの流れに乗る事にしよう。
 どうにかしようって言ったって、僕じゃこの子には勝てそうに無い。
 我ながら情けなさ過ぎる……。
 「へぇー創史ね、なんかかっこいい名前してるわね」
 「そうかぁ? 何処にでもありそうなありふれた名前だと思うけどなぁ」
 そんなわけで僕はテンションを取り戻し、いつものように能天気に言葉を返す。
 「だって創造に歴史よ? 歴史を創るなんてまるで神様じゃない、随分と壮大な名前だと思うわよ?」
 「まぁ僕をみてもらえりゃわかると思うけど名前が如何に凄かろうがそれがこんな人間じゃ猫に小判って奴だな」
 「まぁ……、そうかもしれないわね」

 綾乃が大げさに僕の名前を誉めてくれるものだから皮肉のつもりで返した自虐的な答えだが、その目論見は外れ「そうかもしれないわね」なんて痛い一言で巧く切り返されてしまった。
 またしても負けた、もういい加減どうでも良くなってきているが、小学生に此処まで敗北を喫するとはどうしたことか。
 この綾乃という女の子、只者ではない。
 僕自身が間抜けな奴だということは重々承知ではあるが、それを差し引いても綾乃は随分と子供らしくない。
 むしろ大人びているというか……、あまりに安定しすぎている感がある、そしてなんとなく懐かしい感じがする。
 「なぁ綾乃」
 だから僕はその理由が気になって、それを尋ねてみようと思った。
 「いきなりシリアスになっちゃってどうしたの?」
 綾乃は軽く微笑を返してくるが、僕は表情を変えることなく次の言葉を繋ぐ。
 「お前、家族居ないのか?」
 そして発した言葉は自分で言っておいて笑い転げそうになるほど馬鹿げた台詞だった。
 この話しの流れからどうやってこんな方向に流れるというのか、違和感といえばそれの方が遥かに上だろう。
 だが思い立ったが吉日……と言うわけではないがふと感じてしまった。
 何故僕がそんな馬鹿げた台詞を吐いたのかといえば、それははっきりいってただの偏見による直感でしかない。
 幼くしてこれだけの落ち着きを見せる子供と言うのはそうそういるもんじゃない。
 そして落ち着いている子供と言うのは―僕の経験上での話しでしかないが―親を失っていたり、複雑な家庭環境を持っていたりする。
 だから僕は綾乃にそんな質問をした。
 「いきなり何を言うかと思えば……、そんな事だったのね……。
  何を馬鹿なことを言ってるの、といってやりたい所だけど当たらずとも遠からず。
  私の家族は生きているけど、死んでいるようなものだわ」
 「そうか……」
 僕の直感は当たってしまったらしい。
 綾乃ははっきりとその内容を口にすることは無かったが、それだけで僕には十分だった。
 皆まで聞かずとも、僕にはそれを理解できるだけの過去があるから。
 綾乃は僕の今の無神経な一言で思いが込み上げたのか、目を微かに潤ませながら下唇をかみ締め、感情を抑えている。
 核心に触れれられればこんなにも脆く崩れる、年相応の表情。
 それは今の綾乃に相応しい表情であるはずなのに、こんな時でないとそれが見られないと言うのはとても悲しいことだ。
 それに、僕はこんなつらそうな表情を見ていたくは無い……。
 僕はなんて質問をしてしまったんだろう……、こんな、笑えない質問を興味本位でしてしまった事を深く後悔した。
 「ごめんな、綾乃。
  今の質問はあまりに無神経過ぎた……」
 僕は先ほどまでの年下、年上なんていう下らない考えを取っ払って、綾乃に頭を下げた。
 家族が居ない事の悲しさは僕にもわかるから、だから自分がどれだけ大それた事をしてしまったのかがわかるから、頭を下げずにはいられなかった。
 僕にも家族が居ない、僕の家族は皆、何年も前に他界している。
 今でこそこんな性格の僕だが、家族を無くしたばかりの頃は自立しようと背伸びしていた時期があったのを覚えている。
 さっき懐かしいと感じたのはその為だろう。
 年に相応しくない落ち着きを持った綾乃に、過去の自分を重ねていたんだと思う―僕は綾乃ほどしっかりはしていなかったけど―
 「べっ、別にそこまでして謝ってくれなくてもいいわよ! 年上にそんなことされたら困るじゃない……、顔上げてよ……」
 綾乃は目尻に溜まった涙を手で拭いながら僕に顔を上げるよう促す。
 「年上って思ってくれてたんだな。てっきり甘く見られているのかと思ってた」
 「そんなの当然じゃない、年上は年上だもの、私だって礼儀ぐらい弁えてるわよ……」
 「とにかく、本当にごめん……」
 僕は再度頭を下げる。
 「だから頭下げないでって言ってるのに……」
 「そうは言われても、自分のしたことの責任を放棄するなんて事は出来ないからな」
 綾乃と僕には重なる部分があるから、感情移入できてしまって謝っても謝り足りないように感じてしまう。
 いくら相手が子供とは言え、ちゃんと詫びを入れなければ、僕の気が晴れない。
 自分の過去を思い返せば思い返すほどに、その気持ちは強くなる。
 「それじゃぁ、その責任取ってまた明日此処で会ってくれる?」
 「そんな事でかまわないのか?」
 「うん、それだけで十分」
 「わかった、約束する」
 「約束」
 綾乃は指切りを求めるように小指を差し出す。
 そして僕も小指を差し出し、その指に絡める。
 小学生の綾乃の小さな丸い手と、高校生の僕の大きく角張った手。
 その差がなんだか可笑しくて、僕は笑った。
 「それじゃあまた明日」
 僕は指切りを終えると別れを次げた。
 「また明日ね」
 綾乃もそれに続くように別れを告げ、その場でくるっと廻り後ろを振り向くとそのまま帰路に着いた。
 「さて、僕も帰るかな……、っとその前にもう一服」
 僕は煙草を取り出し口に咥える。
 「全く、いい年した男が何やってんだかなぁ」
 そして煙草の火を着け、煙を大きく吸い込み、吐き出す。
 「今更ながら、これって犯罪だな……、ごほっ! ごほっ! ごほっ!」
 素に戻って考えてみると、自分がとんでもない事をしていたのだと自覚した、とそれと同時に焦りから呼吸が乱れ思いっきり咳き込む。
 えーっと、今日の自分は小学生に煙草上げて、自分は小学生相手に真面目な話しして、最後にはデートの約束までしていたりするのだ。
 なんて大それた事を……、こんなの明らかにロリコンじゃないか……。
 しかも子供に煙草を吸わせた悪いお兄さんの肩書きまで……。
 「さて、えらいことになってきたな……」
 今まで自分がしてたことを冷静に解析してから決意する。
 「駄目、絶対」
 僕は無駄に薬物禁止を唱えるCMに出てきたような台詞を口にした。
 性格はちょっとアレだが、容姿は中々可愛いし、あの中身とのギャップがまたいい感じだったり……っておい!!
 僕は今何を考えていた? 酷く台詞と噛み合わないことを考えていなかっただろうか?
 「僕はノーマルだ、断じてロリコンではない!」
 僕は自分を信じて大声で叫んで気合を入れて立ち上がり、公園を後にした。


 『また明日』とは約束したものの、何時ぐらいに行けばいいのだろう?
 あれから夜も明けた次の日、僕は学校に向かう準備をしながらそんなことを考えていた。
 「昨日約束したんだから、当然それは今日と言うことなんだけれど、どうしたものか」
 今日は休み明けの月曜日、流石に朝からと言うことは無いだろう。
 綾乃はあの容姿からして恐らく小学生であろう事は間違いないし、学校にも行くはずだ。
 ならば時間は放課後、と言うことでいいのだろうか?
 「むぅ、とりあえずそういう方向で行くとしよう」
 時間がわからないとは言え、学校を休んで朝から小学生を待っているだなんて友人達に知れたら僕の学校生活は台無しだ。
 一生ロリコンと後ろ指刺されて生きる羽目になるに違いない……、なんて恐ろしい!!
 よって僕は学校に行く、学校に行くしかない。
 それ以外の選択肢は即ち死を意味するのだ。
 「駄目、絶対」
 僕は昨日呟いた台詞を再び口にすると、鞄を持って自室を出た。
 とりあえず朝飯を調達するためにキッチンに寄ってから玄関に向かうことにする。
 今日の朝飯はお気に入りのカレーパン三個、昨日の帰りにコンビニに寄って買ってきたものだ。
 「いってきます」
 僕は玄関を出て振り返ると、誰もいない家に向かって呟いた。
 
 「さて、なんだかんだ言いながら、結局学校から反れているわけだが……」
 反れてるとは言っても、ちょっと遠回りになる程度でしかないが、早くも自分の意志の弱さが露呈して情けない気分だ。
 僕はロリコンじゃないはずだろう? 会う事を楽しみになんて思ってないはずだろう? 頑張れ僕の意思!
 「もしやこれは飼いならされた犬の状況……?」
 意思に反しているにもかかわらず、自然に上司の意向に沿おうとしてしまう、卑屈なサラリーマンの精神が乗り移ってしまったのか!?
 しかもその状況を昨日のあの短時間で成されるとは……、侮れない……。
 もしくは僕の無意識がロリコンを肯定しているのか? いや違う……、そう思わせてくれ……。
 僕は真人間、年上の大人の色気漂うお姉様Loveな未成年、そうだろう!?
 「駄目、絶対!!」
 僕は己の決意を改めて口にすることで精神の安定を試みる。
 だが時間は朝の通学時、辺りには他の登校している学生もいるわけで……。
 「あの人……何?」
 「ねぇねぇ、あのお兄ちゃん変じゃない?」
 「あいつ朝っぱらから何叫んでんだよ、頭おかしいんじゃねぇの?」
 「怖い……」
 っておい! 見事に痛い視線が集中してますよ!!
 あぁ……、もう嫌……、Help me!!
 「とりあえず……、戦線離脱!!」
 僕は辺りから向けられる目が痛くてその場からの離脱を開始。
 それは勝利のための撤退ではなく、どうみても敗走にしか見えなかった。

 「はぁ……、はぁ……、結局公園来てるじゃないか……」
 僕が逃げ込んだ先、そこは昨日の公園だった。
 「なんでかなぁ……、なんでこうなっちゃうかなぁ……、僕ってそういう趣味があったんだろうか……」
 どんなに葛藤を繰り返した所で僕の意思は敗北する運命なのか……。
 そろそろ潔く認めてしまうべきなのか、そんな思いが脳裏を掠めるけど、こうした葛藤があるからこそ僕は辛うじて現状維持をしている気がする。
 だから前進できないとしても、とりあえず踏みとどまらなければ……。
 「さて……、一服するかな……」
 僕は昨日座っていたのと同じベンチに腰掛けると、煙草を取り出し火を付けた。
 煙草の銘柄はPeace MEDIUM、なんとなく親父臭い気がしないでもない煙草だ。
 バニラの香料を使用しているためか甘い味、甘い香りのする煙草だが、これが一番自分に合った。
 「ふぅ……、やっぱりこんな時間にきた所で綾乃が来ているはずもないか」
 辺りを見渡すが人影は少ない。
 居るのは犬の散歩をしているお婆さんにベンチに横たわる死体の如きホームレス。
 どうでもいいがあのホームレス、本当に死んでいるんではないだろうか?
 顔を新聞紙で覆い、辺りにはハエが集っている。
 どう考えても死体じゃないか……、良くあんな環境で寝れるものだ、僕には耐えられないだろう……。
 あっ、動いた。 
 どうやらホームレスは生きているようだ、って死んでるわけないし……。
 「僕は朝から何してる……、公園にホームレスを観察に来たのか……?」
 自分が随分暇な奴だと痛感する。
 そもそも僕はこれから学校に行かねばならぬというのに、こんな所にいつまでも留まる意味はあるのだろうか?
 時計を見る、時間は気づけば8時半を回っていた。
 「遅刻かぁー、もうなんかやる気で無いしサボろうかな……」
 何でこんなにも気が沈むのだろう?
 此処に来たら綾乃にすぐにでも会えるだろうと期待していたのに、会えなかったからだろうか?
 「はっ! 僕はまた道を誤る所だった!」
 『駄目、絶対』僕の心中に掲げられたスローガン。
 百歩譲って僕がロリコンだとしても、子供に手を出すなど言語道断!
 僕の思うは父性愛であって、そんな穢れた大人の異常な性癖とは異なるものだ。
 うん、そうしよう、それがいい。
 軽き開き直ってしまった気はするのが腑に落ちないが、それだけで随分と気が楽になった。
 これさえ守れば僕は正常、良いお兄さんだ。
 うん、そうだ、そうに違いない!
 僕は今この瞬間まで随分と同じ思考をループさせていたようだ。
 ここに来てやっと一歩前進……、いや、もしかしたら後退か……?
 まあいい、これでやっと昨日からずっと綾乃の件について考え続け、重労働させていた脳を休められる。
 待てよ……、"昨日からずっと考えていた"だって……?
 「なんだよ、結局ループしてるじゃないか……」
 今更過ぎてもう呆れる気も起こらない。
 「ってかそろそろ進展が欲しいものだな」
 さっきから僕の思考のループが続くだけでさっぱり前に進まない。
 これはお話しとして、あまりにつまらなくはないだろうか?
 「芸人魂! ネタ人生万歳! 堕落至上主義! アンチシリアス! 阿呆なのが僕のキャラだろう!?」
 よし、気を取り直して気分一新、ループは振り払おう、お話しを進めよう。
 役者は一度舞台に上がったら停止は許されない! 最後まで演じきらねばならないのだ!
 「さて、綾乃にも会えなかったことだしニ時限目から授業に出るとするかな……」
 心なしか尾を引いている気がするがその辺はノータッチ、これ以上のループは命に関わる。
 「さて、もう一服、これで心を落ち着けて学校へ……」
 僕は再び煙草を取り出し、口に咥えて火をつける。
 軽く息を吸い込むと、丸みを帯びた甘い煙が口内を満たす。
 「ふぅ……、とりあえず綾乃もあんな性格とは言え年相応の面も当然持ち合わせてるわけだし、真面目に学校にも行っている事だろう。
  そもそも僕なんかを優先してまでして学校をサボる理由がないじゃないか……、僕も随分と自惚れたものだ……」
 目を閉じて、心の中で思考回路を切り替えるイメージを開始。
 レブリミットまで回す勢いで続けた一人相撲な空回りから、思考をシリアスに切り替えて考える。
 「まさか朝から来ているなんて思わなかった……」
 閉じた目を開いたその視線の先、そこにいたのは僕を空回りさせた元凶――綾乃が居た。
 思考を切り替えた瞬間の不意打ち、僕の意識は否応無しに強引に先ほどのループに引き込まれる。
 「あ、あっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー、ぇ?」
 ん? 一体何が起こってる?
 思考が混線、ぴー、ぴー、ぴー、がー、ぎゅわんぎゅわん、ってそれはモデム?
 「そんな金魚みたいに口をぱくつかせてどうしたのよ……、相変わらずの反応ね……」
 折角落ち着いてきたのに……、混乱させやがって……。
 「なっ、なんてことをしてくれたんだ!」
 僕は辛うじて取り戻した意識で言葉を紡ぐが
 「なんてこととか言われても、私はただ話し掛けただけなんだけど……」
 綾乃は僕の動揺なんて意にも介せずしれっと言い放つ。
 なんだこのプレッシャーは……、このあからさまな温度差……。
 あれ? 僕は誰? 此処は何処? 僕は一体此処で何を……?
 「また明日って約束したけど、時間を決めてなかったからまさかと思って来てみたんだけれど……」
 「あっ」
 思い出した。 僕は綾乃と昨日約束して、それで公園に来たんだった。
 それで僕は綾乃に会いたくて、学校に行くはずの歩みが無意識に反れて気づけば公園に……。
 ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、思い出した、思い出したというか意識が戻ってきた。
 そういえばここに来る途中、大声出しちゃってなんだか白い眼で見られた気がする……。
 僕は朝から一体何をやってるんだ……? なんだかかなりオカシイってか恥ずかしい事してないか……?
 「えーっと……、さっきから昨日に増して変なんだけど大丈夫……?」
 綾乃が呆然とした表情で固まっている僕の顔を覗き込む。
 「わわわっ……!!」
 あまりに近くに寄せられた綾乃の顔に僕は動揺する。
 幼いとは言え綾乃は女だ、しかも子供だということを差し引いてもかなりの可愛い部類に入るだろう。
 美少女と形容しても遜色無いような容姿の女の子がこんな近くにいるのだ、健全な男子ならば動揺せずにいられない。
 いや、待てよ? 綾乃は小学生、そんな子供に対し動揺を感じることは果たして健全といえるのだろうか?
 単に子供として接しているならばこんな動揺を感じることは無い。
 冷静に子供の容姿を分析している自分は本当に健全だといえるのだろうか……?
 これは自らロリコンだということの証明なのではないか……? 現状でそれを否定できるだけの材料は何一つ無い。
 「駄目、絶対!」
 取り合えずリミッターを作動させることで心を再度落ち着ける。
 リミッターとか言っている時点で既に手遅れと感じる気がしないでもないが、そんなことを言い始めるとまたループに嵌りそうなので気にしないことに決めた。
 よし、思考は整理できた、僕は冷静、問題無い。
 僕は大袈裟に綾乃との距離を取りベンチに座りなおすと再び煙草に火をつける。 
 「ふぅー、んで学校サボって何やってるんだ?」
 取り合えず先ほどまでの動揺を感じさせない口調で綾乃へ問い掛ける。
 「何ってさっき話したばかりじゃない……。 時間を指定してなかったから取り合えず来てみたって……」
 「ぐあぁ……、そっ、そうだったね! うっかりしていたよHAHAHA!」
 ごめんなさい、僕は全然冷静になれてませんでした……。
 だがこのままボロ出しっぱなしなのも情けないので曖昧に言葉を濁し米笑でこの場は切り抜ける。
 「それでどうしようかしら? 今日はこれから付き合ってくれるの?」
 さて、どうしたものか……、空回り続行な僕を差し置いて主導権は昨日同様綾乃の側にあるようだ。
 だがそれについては既に結論が出ている、僕は綾乃の優位には立てないのだと……。
 「その辺のことは綾乃に任せとく……」
 敗者なんてそんなもの、いくら年上だからって勝てるわけじゃないんだと自己暗示……。
 あー、僕ももう少しまともに生きておくべきだった、そうすればこんな状況には陥らなかっただろう。
 でもこんな性格にならなきゃ今頃壊れてたに違いない、それを思えば現状を受け入れるなんて容易い。
 綾乃はこの先どうなるんだろうか? 似た境遇を持つ者同士ではあるが恐らく綾乃の未来は僕とは違うだろう。
 きっと辛い道を選ぶに違いない。
 僕は昨日の綾乃のように他人の死を悲しむ心が失われてしまった。
 自分を守る為に、大切な思い出さえ差し出した。
 楽な道、堕落、なんて醜い。
 それに比べて綾乃は、僕が逃げてきたものと戦ってる、だから悲しめる。
 そんな相手にどのようにして勝利しろというのか、そんなの勝負にだってならない。
 僕には最初から負けが確定してる、勝負なんて場に立てる条件を満たしていない。
 ならばこうなるのは必然――
 「今度は落ち込んでるの……? 動揺したり、突然笑い始めたり、沈んだり、精神不安定ね。 でも見ていて飽きないわ」
 あぁ……、悪い癖が出た。
 関係ない事柄同士をこじつけてネガティヴに走る癖。
 今はそんな人の死に関してなんて関係ある時じゃない、今考えるべきはこれからどうするかって事だ。
 よし、今沈んだことで大分落ち着いてきた。
 これなら大丈夫、すぐにいつも通りに戻せる。
 「精神不安定、全く僕の為にある言葉かもしれないね……。
  さて、そんなことは置いといて、これから僕は何に付き合えばいいんだ?」
 僕は先ほどまでの浮き沈みは軽く吐き捨て、会話から切り離して反れた話しを正しい方向へ訂正する。
 他の思考はどうでもいい、今は今、綾乃との約束を果たすことだけを考えよう。
 今回の約束は元はと言えば僕の無神経な発言の償いなのだ、曖昧になってすることはできない。
 同じ傷を持つ者同士、感覚は共有できなくてもその痛みを想像することはできるから。
 僕は傷を抉られて放置されるなんていうのは我慢できないから、そんなことは綾乃にしたくないと思った。
 「そうね、どうしようかしら? 約束はしたけど、創史に特別何かさせたかったわけじゃないの。
  私は約束を守ってもらえたらそれだけで満足、他に創史に望む事なんて無いわよ?
  まあ、後は昨日みたいに適当に話し相手になってくれたら嬉しいなとは思うけれど」
 「なんだか拍子抜けだな……、もうちょっとキツイ内容を覚悟していたんだけれど……」
 相手が子供だってきちんと詫びは入れる、そう決めているためこの程度では僕の気が晴れない。
 綾乃は約束守っただけで満足だとは言うけれど、本当にこんなことだけでいいのだろうか?
 傷を抉ったことの代償がこの程度でいいとは思えない、あの時の僕ならきっとそう感じるはずだ。
 「これじゃ僕のほうが納得いかないよ……」
 今思えば僕の側が一方的に謝ろうとしてこの状況を作っているわけで、綾乃側は謝罪を求めたわけではないのだ。
 僕は自分の子供の頃を引き合いに出して「自分ならそうだっただろう」な想像を押し付けているだけなのかもしれない。
 僕は僕、綾乃は綾乃、同じなわけではないのだからパターンに当てはめようとするのは確かに間違ってることなのかもしれないが――
 「それじゃそのカレーパンを私に一つもらえないかしら?」
 と必死に謝罪の方法を悩んでいるの僕を尻目にカレーパンを要求。
 取り合えず僕は三個あるうちの一つを綾乃に渡した。
 「納得がいかないって言うならこれでいいでしょ?
  私今日はまだ朝御飯食べてなかったから空腹で死にそうなの、それを救うって言うんだから問題ないでしょ?」
 すると綾乃はそんなことを冗談交じりに言いながら僕に微笑みかける。
 その笑顔は本当に邪気の無い綺麗な笑みで、とても透き通っていた。
 「そんなことで本当にいいのか……?」
 綾乃の笑みは既にその答えを示していたが、僕は納得のいかない思いから問い掛ける。
 「いいのいいの、私を餓死から救ったんだからそれ以上の好意なんて無いでしょう?
 過剰な親切は余計なお世話って奴にしかなってくれない、私の事を思うならその辺で引いてくれてもいいんじゃない?」 
 「はぁ……、なんだかなぁ……」
 色々考えていたというのに綾乃の言葉ですっかり肩の力を抜かれてしまった。
 本当にこれでよかったのか疑問が残るけれど、綾乃がそう言うのだからこれで良かったのだろう。
 僕は本日三本目になる煙草に火を付けながら脱力した。
 きちんと謝罪した気になれないせいだろうか?
 いつもなら心地よいはずのPeaceの香りさえ、今はとても煩わしいものに思えた
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