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Deus ex machina
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2024/04/20 (Sat) 08:33
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2010/02/23 (Tue) 10:31
 母親との関係が壊れ始めたのは、私が中学二年に上がった頃だったと思う。
 それ以前の母は良い母で、家を空けることの多い父の代りに娘の私にに良く尽くしてくれていた。
 けれど、それも私からすれば束の間の夢、生まれて14年目にして私達の家庭は壊れてしまったのだ。
 理由は――、あまり語りたくは無い。
 それを語るということは、大好きだった母の醜さを語ることになるから。
 そして私の傲慢さ、早熟さを語ることになるから。
 けれどそれを語らなければ私の事を理解してもらうのは難しいだろう。
 いや、それを語らなければ私の事を理解する事は出来ないと言うのが正しいかもしれない。
 やはりはっきり言う事にする、私は14歳の誕生日の日、父親に抱かれたのだ。
 あの時の父は30歳で、私ぐらいの子供を持つには若すぎる、20代の雰囲気を引きずったような人だった。
 周りの友達には『若くい親で良いね』とか『お母さんは美人だ』とか『お父さんが格好良くて羨ましいな』なんて言われて過ごしてた。
 私も友達のそう言う親を誉める言葉はとても嬉しくて、私自身は両親をとても誇りに思っていた。
 幸せな家庭だった、何不自由の無いとまでは行かないけれど、とてもいい環境だったのは確かだ。
 けれどそんな家庭だったから私はある日、父親に恋心を抱いてしまったのだ。
 それは最初は父親に対する尊敬の念だと思っていたのに、気付けば思いは膨らんで、耐え切れずに想い父親に打ち明けてしまった。
 すると父親は『俺もお前の事が好きだ』なんて絵に描いたような台詞を吐いて私を受け入れてくれた。
 私はそれがとても嬉しくって、父親の胸に顔を埋めながら『抱いて』なんてお願いしてた。
 父親は最初は困惑した様子だったけれど、すぐに落ち着き払った雰囲気になって私のお願いに答えてくれた。
 そして私はその時初めて男に抱かれ、痛みを知り、愛される喜びを知った。
 それ以降は語るほどの事柄もなく、ただ父親に抱かれるだけの日々だった、父親に関してそれ以上の思い出なんて何にも無かった。
 しかし、そんな愛されるだけの日々も長くは続かずに崩壊を向かえる。
 父親に始めて抱かれてから丁度一年目の事だった、その時は私は15歳になり中学三年に学年を一つ上げた日の事だ。
 私はいつものように父親を部屋に迎え入れ、身体を愛撫され、抱かれて床に入った。
 然し私はその日に限って自室に戻ろうとする父親を引き止めてしまった。

「このまま一緒にいて」

 呆れるほど陳腐な台詞で、精一杯の思いを込めて、いけないことだと知りつつも父親と共に居る事を望んでしまった。
 今まではその行為以外の時は普通に互いの生活を送っていたのに、その瞬間はとても寂しくて温もりが欲しかった。
 
「お母さんの所に戻らないで」

 だから私はそんな卑怯な台詞で父親を引き止めて、母親と私を天秤にかけさせたんだ。
 そうしたらいとも容易く父親は私に振り向いてくれた。

「わかった、これからはずっと一緒にいよう」

 はっきり言っておかしな関係だった、間違った関係だった、誤った関係だった。
 然し私は父を愛し、父もまた母ではなく私を愛した。
 ただ行為を向けた対象が親だったというだけで、私は一切間違った感情なんて抱いてない。
 女として、ごく普通に恋をして、思いを打ち明けて、好きな男に抱かれたのだ。
 だから私は母親に対して謝罪の念は一切抱かなかった。
 良いお母さんだったし、好きだったし、誇りにも思っていた。
 けれど私はお母さんよりもお父さんの方が大切で、強く引かれて、恋をして、抱かれたいと願った。

「ありがとう、ずっと一緒だよ」

 私はそう呟いて、その日は父親に呆れるくらい愛されながら、寝ずに朝を迎えた。
 流石に日が昇る頃にはお父さんも疲れたみたいで、ぐったりとしながら子供みたいな笑顔で寝ていた。
 私はそんな笑顔を見て少し幸せな気持ちになって、寝ている父親を愛撫し、犯した。
 もう父親からは離れられない、そんな気持ちを抱きながら父親が射精すると同時に絶頂を迎え裸のまま抱き合うようにして私は眠りに落ちる。
 そして私が目覚めた時、まさに"夢から覚めた"というに相応しい自体が其処にまっていた。
 私達の姿を、私を起こしにきた母親に見られてしまったのだ。
 母親はその場で怒りか、嫉妬か、悲しみか、なんとも言えぬ表情をその顔に浮かべてドアから一歩部屋に踏み込んだ位置で泣き崩れる。

「なんで和久と由紀が……」

 母は父親と私の名前を口にして、ただただ泣き崩れるばかりでそれ以上に口を開く事は無かった。
 そしてこの時、自体を飲み込んだ私は、母親にとても酷い言葉を告げた。

「お父さんはあなたなんて愛していなかったのよ、お父さんは私を選んだ」

 我ながら、なんて酷い台詞だったのかと後悔せずにはいられない。
 しかしあの一瞬、私は娘である事よりも、女である事を選んだ。

「違う……、違う違う違う違うっ!」

 母親は泣き腫らした目を擦りながら私にこの現状を否定する言葉を連呼しつづけた。
 しかし私はその否定の言葉に、こう返した。

「あなたは邪魔なの、お父さんは私を抱いた、それは今までもこれからも変らない。
 お父さんはあなたではなく私を選んだ、私を愛した、私を抱いた。
 だから消えてくれるかしら? 私にあなたは必要ないの」

 私はもうこの時、母親ををお母さんとは呼べなくなっていた。
 もうこういう事態になってしまった瞬間から私の中でお母さんは他人で、あなたになった。
 するとその時同時に私は母親にとって娘で無くなった、ただの女になった。

「殺してやる――」

 母は私に向かって憎悪の視線を向けると一度部屋から去っていた。
 そして次に部屋に戻ってきた瞬間、その手には包丁が握られていた。

「諦めの悪い人ね、なんで現実を受け入れられないの?
 私の倍も生きているくせに、そんな事も学べなかったのかしら?
 愚かね、自分の半分も生きていない女に旦那を寝取られて逆上して仕舞いには殺すですって?
 ふざけないで欲しい、その程度の事の分別は私だってできる」

 私は後悔するって解っているのに、尚も母親だった他人に暴言を吐きつづける。
 どうしてこんなに酷い言葉ばかりが私の口から溢れるのか、私自身にも理解できなかった。
 多分その言葉達は私自信の女である部分が吐かせた言葉なのだろう。
 なんて醜い、自制の無い、欲にまみれた言葉。
 
「私だってただじゃ殺されない、あなたに幸せを奪われるくらいなら邪魔なあなたなんて私が消してみせる――」

 私は己をけしかけるように呟いて上着を手にすると、私の心臓目掛けて包丁で刺突を行おうとする母親の手を掴んで睨み合う。
 
「あなたさえ生まれなければ、あなたさえ生まれなければ……」

 美しい顔を醜く歪ませた女は私に向かって呪詛を唱える。
 その度その言葉に加速されるかのように増す力に私は圧されて苦虫を噛み潰す。

「私はまだこんなところで終われない、お父さんとずっと一緒に居るって約束したんだからっ!」

 しかし私も圧されるばかりじゃない。
 力では劣るかもしれないが上手く相手の力を受け流せばやり過ごせる、そう思って力を抜いたその瞬間――
 私の視界は絶望で染まった。

「優子……、全部俺が悪いんだ……、由紀を殺さないでくれ……」

 ベッドで寝ていたはずの父親が起き上がって私と元母の間に割って入り、父親が母親に刺されたのだ。
 そして父親はその後、何一つ口にすることなくその一撃に倒れ、気付けば呼吸を止めていた。

「お父さん!」

 私は叫んだ。
 必死になって何度も、何度も叫んだ。
 しかし父親は目を覚ますことなく、赤い血を流して、既に事切れている。
 でも私はその時、自分が母親に対して吐いた言葉に反して、現実を受け入れられず、嗚咽を止められなかった。

「なんでお父さんが死んじゃうの……」

 私は現実を否定するばかりで、愛した男が死んだ事を嘆く事しか出来なかった。
 人の死の前に、自分はこれほどまでに無力な存在なのだと、幼かった私は思い知った。

「和久……?」

 母親は私以上に父親の死を受け入れられないのか、放心状態で父の名を呟いていた。
 その頬に涙伝わせる事なく、母はその時、決定的に壊れてしまった。
 もう治しようが無いくらいに、徹底的に壊れてしまった。
 そんな状態の中、私達は互いに何一つ口にすることなく、ただ父親の躯を前にただ絶望していた。
 気付けば遠くからサイレンの音が聞こえる、恐らく母親の声を聞き取った近隣の住民が通報したのだろう。
 そして幾らかの時間が経って、私は何時の間にか着替えさせられて母親と共に警察署に居た。
 しかしその時、私は何を口にしたのか良く覚えていない、その時の記憶はごっそりと抜け落ちてしまっているのだ。
 気付けば私は見知らぬ建物の中で呆然と天上を見上げていた。
 その間私に様々な人が話し掛けに来たが、私は相変わらずまともな意識を持つ事が出来ずに金魚みたいに口を開くだけだった。

 そして今、それから五年の月日が流れ、私は二十歳になった。
 今ではあの頃の記憶はこの程度にしか覚えていないのは、恐らく私自身が記憶を封印してしまったからだと思う。
 もしかしたら今私が思い返したこと以上の何かがあったのかもしれない。
 けれど、どうせ記憶を失うならば、父親への恋心も、父親の死の事も、まとめてない事にして欲しかった。
 父親と恋に落ちて母親と殺し合いその結果父親が死んだ。
 そんな昼ドラめいた設定は私にいらない、私に必要だったのは父親の命、もしくは記憶を失ってしまう事だったのだ。
 私はきっとこの先誰も愛せない。
 私はあれからの五年間、父親の影を追い求めて、売りに走る日々だった。
 そして何一つ私がほしい物は手に入らなくて、其処で得られたのは回想する父親との幸せな日々だけだ。
 売りをやった日には少しだけ心が疼く。
 事が終われば温もりは消えてしまうから、思い出は消えてしまうから。
 だから私はもう男に一生抱かれながら過ごすしかない、そうしないと自分が保てないから。
 過去に囚われてしまった私は、未来を見る事出来ずにただ思い出の回想だけを望んでる。
 昨日の私は二万円、今日の私は五万円。
 お金をいくら貰ったって、私の欲しいものは何一つ得る事は叶わない。
 一番大切なものを、一瞬の欲張りで失ってしまったんだから。
 とりあえず、今日の私は少しだけ、ましな人形になれた気がする。
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